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日記  教会が愛を与えなくてどうする?! ー教会の中のポテサラ問題?!ー

こんにちわ。のんのです。

本日も日記です。

 

日頃過ごしていて思ったことを書きます。

 

 

 

 

最初の愛はだれが与える?

仰々しいタイトルですが、よく聞く話です。

もしかしたら、読者の方々も似たような経験があるかもしれませんね。

 

 

さて、本題に入りましょう。

最近こんな話を教会で聞きました。

 

話の内容は以下の通りです。

  1. 最近教会に通い始めたa子さんが「教会に愛されていないと感じる。」と溢す。
  2. 古株信徒のbさんが「教会に愛されるより、教会を愛しているかを考えたほうが良い。」と説教。
  3. どちらが最初に愛を与えるかで議論に。

 

内容としては上記の通りなんですが、私は物語の隠された行間を考えると悲しいなぁと思います。

 

私は、この問題を「教会を愛すか愛されるか問題」と名付けました。

 

ただ、個人的には「愛を感じない教会に、愛を与えられるほど人間は優しくない」とは思っていますがそれだけだと何の解決にもならないので、問題の本質的と個人的な解決策を考えてみました。

 

 

問題の本質は最近話題の「ポテサラ」?!

最近話題のポテサラ。

なぜ話題になったのかというと以下のツイートが発端となっています。



https://twitter.com/mitsu_bachi_bee/status/1280640234120568832?s=09

 

ツイートの内容は、お惣菜を買いに来たお子さんを連れたお母さんが知らない人に「ポテサラぐらい作れ」と強要される場面に出くわした。と言う訳なんですが、、

 

このツイートの本質は「他人に自分の行動を指示または強制される」事だと思います。

 

実は、教会を愛すか愛されるか問題にも同じことが言えるのではないかと考え付きました。

 

以下は個人的に感じた「ポテサラ問題」と「教会を~問題」の類似点です。

  • 自身が理由あってある行動を起こす。
  • 他人に咎められる。
  • 議論が起こる。

 

さて、上記に挙げた類似点を見て私はこう考えました。

他人への強制は問題を解決しない、と

 

私がフォーカスしたのは、他人を咎めたり行動を強制した人です。

 

善か悪かの二元論で言えば、「悪」に当たる人。

しかし、もう少し掘り下げてみると「悪」に当たる人は「本当に悪人なのか」という疑問があります。

 

そこで私が考えた結果、「判断を誤った無知な人間」であると結論付けました。

 

他人に行動を矯正する心理

まず、他人を咎めた人は自身の中で理想があるのだと仮定します。

その理想に絶対の自信を持っているからこそ、他人に強制するという行動に出たのだと考えられます。

 

他人を咎めた人は、恐らく悪い事をしたという意識はありません。悪い事をしている意識があれば、人前で他人を咎めたりしません。

人間は社会性のある生き物なので、悪い事をする時は人に見られないところでやるか隠れてやります。

 

実は、人前で他人を咎める行為は「正義感」から行われる物であると思います。

 

ポテサラを作ることを強制した人は、母親の労力よりも子供の栄養面や教育を重視した結果。

教会を愛する事を強制した人は、愛されることよりも愛すことの恵を重視した結果。

 

しかし、その正義感はあくまで個人の物。

他人に矯正する事ではありません。

 

何より、行動を強制した人の置かれた状況を理解していません。

問題を発生させている原因は、強制した人の事を考えていない事です。

 

 

ポテサラ問題であれば、母親の疲労や手間を考えていませんでした。

教会を~問題であれば、教会に愛されていないと感じている人の孤独や苦痛を考えていません。

 

 

この問題を解決するにはどうしたらいいのでしょうか?

 

 

 

 

のんの的解決策

ここで今までの事を少しまとめます。

 

  • ポテサラ問題と教会を~問題は本質的には同じ問題。
  • 問題の本質は他人に行動を強制している事。
  • 他人に行動を強制した人は正義感から行っている。
  • 問題が起きた原因は強制した人の状況を考えていない事。

 

この問題を解決する方法は、矯正している人と矯正されている人の間に勇気ある人が入ることです。

 

二人だけの関係性だと、この問題は拗れがちです。

正義感VS共感の要求

だからです。

悪と善の戦いではないんです。

 

この問題を通して疑問を持った人が勇気を持って間に入る事が問題を解決する方法だと思います。

 

勇気ある人は早々いないと思われるでしょうが、これを見ている方々が勇気を持って行えるようになったら良いな。

そんなふうに思ってます。