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【伝道】シーライオニングなキリスト教伝道【シーライオニング】

こんにちわ。

のんのです!

 

 

今日は、伝道について記事を書いていこうと思います!

内容が人によっては難しいかもせれませんが、現代の伝道がいかに難しいかを伝えるために何とか書こうと思います!

 

 

 

シーライオニングって知ってる?

これは私のtweetですが、シーライオニングの語源となった漫画を載せておきます。(tweetの本文は今回の記事とは無関係です笑 無視してください笑)

 

https://twitter.com/nonno_drop/status/1282810790861369344?s=09

 

アシカが質問を繰り返してますね。

さて、以下はwikipediaからの引用です。

 

シーライオニング(Sealioning)とは、荒らしや嫌がらせの一類型であり、礼儀正しく誠実なふりを続けながら、相手に証拠をしつこく要求したり質問を繰り返したりすることを指す。これは「議論に参加することを絶え間なく悪意でもって求める」形をとることがある。

シーライオニング - Wikipediaから引用

 

 

つまり、シーライオニングとはまともに議論する気もないのに礼儀正しいフリをしながら「悪意を持って議論への参加を求める」荒らしのことですね。

 

「議論への強制参加を悪意を持ってして求める」と言う所に

本質があるように思えますね。

昨日書いた記事にも似たところがあるのかなと思います。

リンク貼っておくのでよろしければご覧ください。

日記 教会が愛を与えなくてどうする?! ー教会の中のポテサラ問題?!ー - クリスチャンのブログー草もちー

 

シーライオニングを見て思い出した光景

んで、私はシーライオニングの漫画と意味を知った時、思い出した光景があります。

 

それは、教会の若者向けの合宿で見た光景です。

まだ未信者だった人に対して年長者である人が伝道を行っていた場面です。

 

以下はその伝道の時に行われた会話の内容です。

  1. 未信者aさんが神様を信じれないと発言。
  2. 年長者bさんが理由と根拠を求める。
  3. aさんが戦争や飢饉を根拠に神の存在を否定。
  4. bさんが戦争や飢饉が神の存在を否定する根拠にはならないとさらなる根拠の提示を求める。
  5. 以下ループ
  6. aさんが疲れたところで終了。

 

こんなことがありました。

その時の私は「論破になっても伝道にはならないんじゃ?」と感想を持ちました。

 

恐らく他者から見ても伝道ではないとの感想を持たれるような議論でした。

 

どうしてこんな事になってしまったんでしょうか?

 

こうした出来事が起きる背景と解決策めいた物をまた考えてみたので最後までご覧ください!

 

伝道という行為の難しさとプレッシャー

伝道は難しい。

キリストの道を伝えるわけですから、伝える言葉だけでは足りない部分があります。

霊的な部分だったり、生き様だったりと必要になってくる部分が多くあるかと思います。

 

私が伝道において最も困難だと感じる部分は、相手の「価値観や前提を変えること」だと思います。

現代の価値観や前提を聖書の価値観や前提に変えるわけですから、並大抵の努力では成し得ないことだと思います。

 

時には相手の事を理解できないときもあるでしょう。

そんな時に伝道者が、自身に対する無力感で行き詰まる事も容易に想像できますね。

 

その結果、論理に頼る。

これが、伝道がシーライオニングに変わる原因の一つだと思います。

 

論理は物事を明確にできる効果がある反面、議論する相手を不快にさせてしまうことも往々にしてありえるわけです。

これが伝道という霊的な行為にもたらされたらどうでしょうか?

 

伝道が、クリスチャンは礼儀知らずだと広められるCMに成り下がる事に。。

そんなCMも、元を辿れば無力感を感じたくないと思う伝道者にあります。

 

しかし、伝道者のプレッシャーも無視できません。

伝道者という立場がプレッシャーとなり、時に誤った方法で伝道をしてしまう。

 

そんな風になってしまう理由の一つとして私が考えたのが、伝道は成果が数字で出てしまう事です。

 

上手く行くときもあれば行かないときもある。

長年教会に務めるのであれば長期的な教育や長さに基づく失敗や経験を積めるので上記の言葉はそれなりの意味を持ちます。

 

しかし、例えば学生の伝道者はどうでしょうか?

学生である期間は短いです。

 

その短い期間で、成果を上げたいと伝道者が思えば、そこから焦りが生まれます。

焦りの結果、シーライオニングを行ってしまう。。

 

 

シーライオニングをしない為に。

シーライオニングをしない為には、相手の発言を鵜呑みにするのでは無く、発言に隠された真意と相手が置かれていた状況を理解しようと心がけることです。

 

例えば、伝道の相手が「神を信じてない」と発言したらその悲痛にも似た言葉の裏に隠された情景を考えてみましょう。

 

もしかしたら、神様を知らないだけかもしれません。

悲劇的にも、神様を知っていたけどとある出来事が原因で信じれなくなっているのかもしれません。

 

こう考えてみると、伝道相手に掛ける言葉が変わってきますよね。

 

こうした試行錯誤をしていく内にアシカさんは海へと帰っていく。。

そんな気がします。